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ようこそ鈴蘭台福音教会へ☆

鈴蘭台福音教会のホームページにようこそ。

 私たちの教会は、緑豊かな神戸市北区にある、家庭的なプロテスタント教会です。

毎週の礼拝の他に、各種集会やイベント等を行っています。

教会は初めてという方も、どうぞお気軽にお越しください。

今年度標語

「礼拝に生きる」

今年度聖句

「キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、

知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、

詩と賛美と霊の歌とにより、

感謝にあふれて

心から神に向かって歌いなさい」

s-IMG_02492018.1.1撮影

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〈更新情報〉

2018.6.10の礼拝メッセージをアップしました。

2018.5.13と5.20の礼拝報告ほかをアップしました。

礼拝メッセージ

2018年6月10日(日)「置かれた場所で咲きなさい」ルカの福音書23章44~48節

今日は花の日礼拝、昨年12月に天に召された渡辺和子先生の「置かれた場所で

咲きなさい」を再度読み、置かれた場所で花を咲かせることの大切さと困難さを

覚えました。しかし、周りをみるとこんな場所できれいな花が咲いていると気づく事も

あります。本の中でこのようにも書いています。「どうしても咲けない時もあります。・・

その代わりに根を下へ下へと降ろして根を張るのです。次に咲く花が、より大きく、

美しいものとなるために。」とありました。イエス・キリストは、

 

1.苦難を受けられた。(44~46節)

イエス・キリストの生涯は苦難の生涯です。そして十字架はその苦難の絶頂です。

罪なきお方が罪人となられた瞬間でもありました。

私たちも順調な時ばかりではないのです。置かれた場所が困難な場所の時もあります。

 

2.父なる神にゆだねた。(46節)

苦難のとき信仰を捨てず、父なる神に祈ります。その言葉が「父よ。わが霊を御手に

ゆだねます。」こう言って、息を引き取られた。自分が今花を咲かせていないと思うときも

根を下に下に張ることです。

それは信仰をもち、日々、主のみ言葉で養われていくことです。

 

3.正しい方と評価された。(47節)

百人隊長はイエス・キリストの敵の立場です。しかし、「ほんとうに、この人は

正しい方であった」と言い、群集も胸をたたいて悲しみながら帰ったとあります。

イエス・キリストの姿に心打たれたのです。

私たちの生き様はどのように人々に今映っているのでしょうか。

 

2018年6月3日(日)「急いで降りて来なさい」ルカの福音書19章1~10節

エリコの町でザアカイは有名で、「収税人のかしら」とし人々から嫌われていた。

しかし、イエス・キリストはそのザアカイを見つけ、声をかけ、家で食事をし、交わり(宿泊)

をもちました。この出来事でイエス・キリストが罪人の家にいたと非難を受けます。

それをも受け入れていたのです。ザアカイに対して、

 

1.名を呼ぶイエス・キリスト(5節)

いちじく桑の木に登っていたザアカイに対して「ザアカイ。」とイエス・キリストは

名を呼びます。つまりイエス・キリストはザアカイのことを以前から知っていたのです。

そして名を呼ぶのです。

 

2.「降りてきなさい」と招くイエス・キリスト(5節)

ザアカイに「急いで降りて来なさい。」と言われたのです。どこへ、

それはイエス・キリストの側です。イエス・キリストは常に罪人を招きます。

人はザアカイのように自分の知恵や知識を誇りに生きています。

いちじく桑の木に登るのも知恵で、プライドをもって生きていました。

そして、ザアカイはその呼びかけに答えます。最も絶望的な魂が生まれ変わっていく

瞬間です。

 

3.家に泊まるイエス・キリスト(6~10節)

ザアカイは驚くばかりの恵みと愛に富んだ神のみ前に自分の罪を認め、悔い改め、

今までの行き方と違う別の生き方をします。人は新しく生まれ変わることが

できます。

今は恵みの時、救いの日です。

今急いでイエス・キリストのもとに来る大切な決断をしませんか。

いつまでも延ばしてはならないのです。自らの頑な自我やプライドを一切捨てて。 

    

2018年5月27日(日)「霊的なもの」創世記25章19~34節

イスラエルの民はアブラハムの神・イサクの神・ヤコブの神を讃えています。

アブラハム、イサク、ヤコブはそれぞれにロト、イシュマエル、エサウと比較して

霊的なものをもとめ、その賜物を受けています。

しかし、それを軽んじたり、目に見えるもののみを頼り、求めていくと

その霊的なものに目が入らず、結局神の祝福さえも受けず、後悔することになります。

霊的なものは目には見えませんので、求めるにも神への信仰が必要とされます。

 

1.とりなしの祈りを重んじる。(21節)

祈りは霊的なものです。そして神は祈りを聞き、神の祝福を得るのです。

19節以降よりイサクの生涯が中心となりますが、40歳で結婚したラバンの妹である

妻リベカは不妊の女性だったため、イサクは妻のため祈ったのです。

神はそのイサクの祈りを聞かれ、みごもり双子のエサウとヤコブが与えられたのです。

 

2.長子の権を重んじる。(31~33節)

ヤコブとエサウは成長し、兄弟でしたが、性格も仕事も全く違い「エサウは巧みな猟師、

野の人となり、ヤコブは穏やかな人となり、天幕に住んでいた。」(27節)

エサウは兄でしたがその長子の権を軽んじ、わずかな食事(レンズ豆の煮物)で

その権利を弟のヤコブに売ったのです。

私たちも信仰によって与えられた聖霊の賜物や神の子としての特権をはかないもので

売らないように、軽んじないように。

ずる賢いところもありますがヤコブのように長子の権を重んじることが大切なのです。

 

2018年5月20日(日)「聖霊に対する信頼」ルカの福音書12章8~12節

主の復活より数えて50日目に聖霊が注がれたことを記念し教会はペンテコステ礼拝

(聖霊降臨日)をもっています。私たちもこの時代の中で主を信じることができ

共に礼拝をささげているのは聖霊の働きが一人一人にあったから。

聖霊によるのでなければ、だれも、「イエスは主です」と言うことはできません。

(Ⅰコリント12・3)そして聖霊の注ぎを受けた者は、

 

1.信仰に生きる者(ルカ12・8、使徒1・8)

聖霊を受けた者は主なるイエス・キリストを救い主と信じ生きることができます。

迫害を受けたとしても信仰を守ることのできる力を与えられるのです。

 

2.証をする者(ルカ12・12、使徒1・8)

証とは主が自分になしてくださった体験です。聖霊は私たちに力を与え

信仰と命を支えるのです。そして証をせずにおられなくなるのです。

ある牧師は「雑談するのにも力が必要です」と言われたことがあります。

証をするには力が必要です。最初の人アダムに息を吹きかけたように(創2・7)

私たちにも聖霊を与えて言うべき言葉を示してくださるのです。

 

3.先のことを心配しない者(ルカ12・11、マタイ6・34)

聖霊を受けた者はみな聖霊に対する信頼をもちます。

そしてその者は先のことを心配しない者に変えられます。イエス・キリストは言います。

「あすのための心配は無用です。」(マタイ6・34)

もし先のことを心配しているならば、聖霊を求めて祈ることです。

どんな人にも聖霊が下れば新しくされ、心のうちに平安が与えられます。

 

2018年5月13日(日)「十戒を知る」出エジプト記20章12節

本日は母の日礼拝です。十戒に「あなたの父と母を敬え」とあります。

このみ言葉から教えられたいと思います。

十戒は律法の中の律法で特別な存在です。十戒は大切に契約の箱に保存されていきます。

その十戒の中の第五の戒めが今日の戒めです。

 

1.両親を敬うことの大切さ

十戒には神に対してと人に対しての律法があり、第五の戒めは人に対してです。

特に母の日に際して、母を敬うことが神のみ心です。そこに神の祝福があるというのです。

イエス・キリストも母マリヤを愛し、仕え、十字架上でも思いやる心を持ちました。

(ヨハネ19・26、27)

 

2.両親の権威に従うことの大切さ

父と母を敬うことが十戒にあることはそこに権威があるからです。

エペソ人への手紙6章1節では「主にあって両親に従いなさい。」とあります。

敬うだけでなく、従うこともパウロは求めています。

しかし、ここでは「主にあって」とあり、権威の源はやはり主です。

ですから両親が主に反することやみ言葉に反することを命じるならば服従することは

ないのです。

イエス・キリストは言います。「わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしい者

ではありません。」(マタイ10・37)と。

十戒は人間に指摘するだけでなく、正しい道を教えています。そして私たちを常に

イエス・キリストのもとに導くのです。(ガラテヤ3・24)

十戒などの律法を軽んじたり、逆に律法主義者になってはいけませんが人間の考えで

簡単に破ってはいけないものです。

 

2018年5月6日(日)「アブラハムの人生最期の時」創世記25章1~10節

「信仰の父」と呼ばれたアブラハムは175歳まで生き、その生涯を終えました。

彼の生き様は現代の私たちにも多くのことを教えています。

一人の命の尊さ、神を信じて生きる幸いをみます。

 

1.多くの国民の父となるアブラハム(1~6節)

アブラハムはサラの死後、ケトラという女性を妻とし、6人の子どもが与えられます。

先にイシュマエル、イサクの他に。その結婚が神のみこころがどうかわかりませんが、

17章1節の「あなたは多くの国民の父となる」この預言が実現したのです。

しかし、神の祝福の継承を受けるのはただ一人、イサクです。アブラハムの全財産は

イサクに受け継がれるのです。信仰も同じく。

他の子どもたちは贈り物を与え、死後混乱を与えないように配慮しています。

他の子どもたちは東の方へ移り、アラビヤ民族の祖になります。

現代、アラブとイスラエルとの戦いがあることは悲しいこと。

神の御心はいつも平和で神との和解、人との和解です。

 

2.アブラハムの最期(7~10節)

アブラハムは信仰の旅路を歩み、175歳の生涯を地上で歩みます。

「息絶えて死に」(8節)を新共同訳聖書では「満ち足りて死に」とあります。

その言葉には神に満たされた人生を意味します。私たちも信仰の生涯を全うすることを

神は望んでいますし、一度きりの人生後悔をしないで神の豊かな祝福を受け、

満たされた人生を歩みましょう。

そのために自我を捨て、主のみこころを第一とした聖霊に満たされた人生こそ

神の喜ぶ人生です。光の子どもとして輝いた人生を。

 

礼拝報告ほか

2018年5月20日(日)

●本日は午後よりしあわせの村へ、教会学校の子ども達で出かけました。

水遊び場で楽しく遊びました。

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2018年5月13日(日)

●本日は母の日礼拝でした。教会学校より、お母さん達にカーネーションをお送りしました。

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~PHOTO~

●2017年4月16日 イースター

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●2016年11月20日 子供親睦会(しあわせの村)

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●2016年11月20日 賛美礼拝

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●2016年11月13日 子供祝福式

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