礼拝メッセージ

2018年12月2日(日)「」イザヤ書53章11~12節

日本人の4分の一以上がクリスマスは何をお祝いするか知らないと言われます。
本来クリスマスはChirstmasはCrist+mass
(キリストのミサ)つまりキリストを礼拝する時です。
クリスマスからキリストをとるとただのmass(集団・固まり)と
なってしまいます。集団で騒いで終わらせるのは空しいもののです。
そのためにはクリスマスの中心であるキリストを知ることは重要なことです。
キリストが人となられたのは事実で「この人であった」と。
イエス・キリストが人となられることは先に預言者であるイザヤが
預言していました。
キリストが人となられ、来られたのには大きな目的がありました。

1.神の子となる特権を与えるため(ヨハネ1・12)
人となられたイエス・キリストを救い主として信じるとき、
その権利が無条件に与えられるのです。

2.豊かな人となるため(Ⅱコリント8・9)
しかし、パウロはこう言います。
代りにイエス・キリストが貧しくなられたのです。

3.隣人にも注意を払うため(ピリピ2・4)
本来人は自分中心な者です。しかし自分のことだけでなく
他人のことも注意を払うようになり、愛を示します。
このために彼(イエス・キリスト)は来られたと預言者イザヤは
700年前から預言するのです。それは神の愛がそうさせていると言われます。
神は愛だからです。
今年のクリスマスはキリスト不在でなく中心にあるクリスマスで
ありますように。
神が人となられた目的を思い、その心を思いめぐらすアドベントの時と
しましょう。

 

2018年11月25日(日)「人生の支配者」創世記45章1~15節

本章はヨセフ物語の最大の見せ場です。とうとう自分を制することができなくなり、
ヨセフは人払いをして、兄弟たちに自分の素性を話します。
それは「わたしはヨセフです。父上はお元気ですか。」とのことばです。
何回も口にしたかった言葉をここで話しました。

1.神のみ業の前には人は無力です。(1~3節)
ヨセフの兄弟は驚き、「答えることができなかった。」
ヨセフが神の助けにより今まで生かされてきたこと、異国のエジプトで権力者となり、
食料を与えることのできる権限をもつ人となっていたこと。
「あなたがたがエジプトに売った弟ヨセフ」(4節)が、目の前にありました。
人間の考えや知恵では及ぶことのできない神のくすしき御業です。
そしてヨセフが心から兄弟たちを赦した瞬間でした。

2.人生の支配者(55~15節)
ヨセフは言います。「神はいのちを救うために、あなたがたより先に、
私を遣わしてくださったのです。」(5節)7節にも同じことばを言います。
ヨセフは、苦難のなかで神の導きを、また、すべてのことの支配者は神であることを
信じることで忍耐し、希望をもてたのです。
そしてヨセフは摂理の神であり愛なる神をそのとき知るのです。
またこのことはヨセフにとってだけでなく、私たちお互いの人生も、
運命が支配するのでもなく、すべては神の支配のなかで生かされていることを
示しているのです。
そしてその人生の支配者である神は愛です。
神は罪のただなかにも罪の結果をも用いて恵みを備えられます。
十字架のイエスは自分を十字架につける者も含めたすべての人に対して
罪の赦しを与えました。
ヨセフの物語は現代の私たちに神の愛の支配を示唆しています。

 

2018年11月18日(日)「新しい歌を」詩篇第98篇1~9節

詩篇の多くは祈りと賛美で構成されています。
この98篇は「賛歌」と題があるように神への賛美です。
私たちの神は賛美されるべきお方です。ほめたたえられるべきお方です。
私たち一人一人に賛美の恵みを味わいものです。

1.新しい歌を(1節)
現在も多くの新しい賛美が生まれています。
詩篇が誕生した時代にも新しい歌が生まれ、賛美されていたのです。
ダビデは多くの賛美を作りました。ダビデ以後も新しい賛美が生まれていたのです。
現在も新聖歌だけでなく、新しい歌をもって礼拝で賛美されている教会も多くあります。
昔からの賛美も素晴らしいですが新しい賛美も主は受け入れておられます。

2.新しい心で(1節)
私たちは主にあって新しくされた者です。新創造された者です。
新しい心を神から与えられているのです。聖霊は人を変えていくのです。
使徒の働きを読むと聖霊は人を変えていくことがわかります。新しい心で賛美できます。
主のくすしきみ業を信じて賛美することそんなことが現代でも実現するのです。

3.喜びをもって(4節)
「全地よ。主に喜び叫べ」と喜びをもって賛美することを詩篇の作者は求めます。
悲しいことや辛いこと人生に多くあります。しかし主はいつの時代も慰めや癒しを与え、
罪からの救いを与えます。それは大きな喜びです。
いつも他者に対し憐れみ深い者でありますように。
今、喜びをもって大胆に賛美し主に近づきましょう。(ヤコブ4.8)

 

2018年11月11日(日)「憐れみに勝る恵み」創世記42章32~43章15節

1.苦難が続くヤコブ(42・32~43・2)
ヤコブは飢饉がまだ続き、食料難となります。
ヤコブは自分の息子たちに「再びエジプトに食料を調達するために行きなさい。」
と言います。しかし、息子のユダは、再度弟のベニヤミンを連れていくように、
エジプトの権力者が言われたことを父に告げます。
ヤコブの苦悩を思います。
ヤコブは息子のヨセフを失い、シメオンは人質にされ、今度はベニヤミンをも
奴隷になるか失うかもしれないという苦悩。
しかし、その時神の最後の訓練の時でもあります。

2.ユダの愛による犠牲(43・3~10)
ユダは父を説得させるためのことばかも知れませんが、
弟ベニヤミンのために犠牲をはらう覚悟について父に伝えます。
後晩年ヤコブはユダにこのように言います。
「ユダよ。兄弟たちはあなたをほめたたえ、
あなたの手は敵のうなじの上にあり」
(創49・8)と。

3.ヤコブの信仰(43・14)
信仰は苦難のとき成長することがあります。
かつて祖父アブラハムに現れた全能の神(17・1)その神を
ヤコブも信頼します。(Ⅱコリント1・9)
そして神の憐れみがあることを信じ求めます。
聖書の神は義なる神ですが憐れみ深い神でもあります。
私たちも全能なる神、憐れみ深い神を信じ、歩みましょう。
神は私たちの救いのためにひとり子なるイエス・キリストを
送ってくださったお方。
そして私たち信仰者はいつも他者に対し憐れみ深い者でありますように。
「あわれみ深い者は幸いです。その人たちはあわれみを受けるから。」
(マタイ5・7)

 

2018年11月4日(日)「夢が現実に」創世記42章1~43章25節

ヨセフの人生は苦難の人生でしたが、それは神がヨセフに夢を見させたため、
兄弟たちから憎まれ、エジプトの地へ行くことになりました。
しかし、神の恵みによりエジプトの王パロの信任を得て、
エジプト全土の財産の管理者の職までになります。
そのときカナン地方に飢饉があり、エジプトには食料があるというニュースを聞き、
ヤコブは10人の息子たちに食料の調達にエジプトに行くことを勧めるのです。

1.夢が現実に
ヨセフが見た夢が現実となる日がきました。兄たちがヨセフにひれ伏すという夢です。
ヨセフは兄たちのことに気づきますが、兄たちはまだ気づいていません。
夢が現実となることは人間の不真実のなか神は真実なお方であること。
ヨセフがたどった苦難の道も神のご計画のなかにあることを示しています。

2.過去の罪を思い出す
ヨセフの兄たちがヨセフに対してしたことを思い出させるように
ヨセフはあえてしむけます。
いろいろな難題を言い、スパイ容疑、人質に兄シメオンなど出せということを。
そんななか兄たちは家族のことを話していきます。
そこで父と弟が生きていることをヨセフは知り胸が熱くなります。

3.罪は悔い改めることが必要
神は愛ですが、罪の報酬は死です。
ですから人は罪を認め、悔い改めることが必要なのです。
兄たちはヨセフに対して罪を思い出し、今その報いを受けているのだと悟ります。
ヨセフは兄たちを試します。
この「試す」の原語は「鍛錬する」という意味もあり、
兄弟たちはヨセフを通して神の鍛錬を受けることになります。

 

カテゴリー: 礼拝 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

Spam Protection by WP-SpamFree