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2019年1月13日(日)「パロを祝福するヤコブ」創世記47章1~12節

ヤコブの一族はエジプトへ行きます。ヤコブの子ども5人はヨセフに連れられ
パロの前に出ます。そしてヤコブの一族はエジプトへの移住がゆるされます。
次にヨセフは父ヤコブを連れてパロの前に出ます。
そしてヤコブはパロを二度祝福するのです。(7節、10節)
あいさつとは「祝福する」を意味します。当時のヤコブは無力なヤコブです。
しかしヤコブは神の祝福の担い手として存在するのです。

1.ヤコブはパロにあいさつした。(7、10節)
パロがヤコブを祝福するのでなく、ヤコブがパロを祝福しています。
これは驚くべき出来事です。キリスト者は日本において少人数で、無力です。
しかし信じている神は大いなる神で祝福の神です。
キリスト者はこの世の権威や権力にも及ばない力を信仰により得ています。
ルターは「万人祭司説」を唱えました。
キリスト者は祭司としての使命があることをいつも覚えたいです。(Ⅰぺテロ2章5節)
後にヤコブは子どもだけでなく孫のためにも祝福を祈ります。
「信仰によって、ヤコブは死ぬとき、ヨセフの子どもたちをひとりひとり祝福し」
(へブル11章21節)とあります。わたしたちの神は生きて働く祝福の神です。

2.ヤコブは旅人です。(9節)
ヤコブはパロに言います。「わたしの旅路の年月は百三十年です。」
(新共同訳9節)と。ヤコブは自分の人生を旅人と例えます。
キリスト者にとっても、人生とは旅人であり、仮住まいです。
将来行くべきところは永遠の神の都で、ここがキリスト者にとって目指すところです。
ですからこの世の風潮に流されて生きることがないように気をつけるべきです。
(へブル13章14節)

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